男性で育休を合計 2 年近く取ったら、会社での評価は下がった。それでも取り返せないものがある
男性で育児休業を合計 2 年近く取りました。復帰後に評価という代償を払った一方で、あの時間がなければ今の個人開発は始まっていません。制度の解説でも美談でもなく、実際に何が起きたかを書きます。
男性で、育児休業を合計 2 年近く取りました。その結果、会社での評価は下がりました。それでも、あの時間がなければ今の個人開発は始まっていません。制度の解説でも美談でもなく、実際に何が起きたかを書きます。
男性で、合計 2 年近く
子どもが二人います。育児休業は、二人分を合計して 2 年近く取りました。
最初に一つだけ、はっきりさせておきたいことがあります。育児休業は、会社が用意してくれる制度ではありません。 育児・介護休業法という法律で決まっている、働く人の権利です。だから本来は「取らせてもらう」ものではないし、「理解のある会社でよかったですね」で片づく話でもありません。
とはいえ、男性が長期で取るという話は、私の周りではほとんど聞きませんでした。権利として存在していることと、実際に取れることの間には、まだ距離があります。この記事は、その距離をどう歩いたかの記録です。
「半分ずつやる」ではなかった
そもそも私が育休を取ったのは、子どもが生まれてから考えたことではありません。結婚するときに考えたことが、そのまま続いているだけです。
結婚するにあたって、共同生活を成り立たせるには何が大事だろうと、けっこう真剣に考えました。行き着いたのが平等性でした。
ただ、ここで言う平等性は「家事を半分ずつに割り振る」ことではありません。お互いが、精神的に同じくらいやっていると感じられる状態のことです。もう一歩踏み込むと、相手が何かをやってくれていないと感じるのではなく、お互いに「よくやってくれている」と感じられるように、二人とも努力する。そういう状態を指しています。
これは実際うまくいっていると思います。結婚してから、思い通りにいかない出来事は何度もありました。それでも大きな喧嘩をせずに越えてこられたのは、この考え方をお互いが持ち続けてきたからだと思っています。
育休についても、同じことでした。二人とも取らなければ、子育ての大変さを分かり合えない。 そして精神的な負担が、どちらかに偏る。だから私にとって育休は、妻を手伝うためのものではなく、平等性を成立させるための必然でした。
職場に言う、そのとき不安だったこと
言い出し方については、特別なことはしていません。結婚したころから、言えそうなタイミングがあるたびに上司へ伝えていました。子どもができてから急に切り出したわけではない、というだけです。
前述のとおり、身近に前例はありませんでした。話を通す相手も、事務の担当者も、正直まったく分かっていないし、慣れていない感じでした。それでも、抵抗されたり引き止められたりはしませんでした。二人目のときは、正直なところ困る、という本音がこぼれる場面もありましたが、取得そのものは問題なく進みました。
不安がなかったわけではありません。ただ、その中身は少し意外かもしれません。
お金の心配は、あまりしていませんでした。すでに資産形成をそれなりに進めていたからです。不安だったのは、職場の人間関係と、復帰したあとの仕事の方でした。
そしてもう一つ、正直に書いておきます。当時の私は、退職したいと思うくらい精神的にギリギリでした。だから育休は、覚悟して飛び込んだものというより、ようやく取れたという感覚に近かったです。
育休中に、実際に起きたこと
まず率直に書くと、思っていたより大変でした。 そして、大変さの質は月単位でどんどん変わっていきます。
- 睡眠不足との戦い。空き時間は自分たちの昼寝に消える
- 慣れと子どもの睡眠リズムが重なり、一時的にふっと余裕が出る
- 片方が見て、もう片方が自分のことをする回し方が成立。1 日 3 時間ほど
最初の 2 ヶ月くらいは、ひたすら睡眠不足との戦いです。空き時間ができても、やりたいことをやる余力などありません。私たちがその時間で何をしていたかというと、自分たちの昼寝です。
3 ヶ月目あたりで、一度だけふっと余裕が出るタイミングがありました。こちらが慣れてきたのと、子どもの睡眠リズムが少し落ち着いたのが重なった時期です。ただ、この手の話は「何ヶ月目にこうなる」と一般化できません。状況はどんどん変わるので、そのときたまたまそうだった、というだけです。これから取る人は、この表のとおりになると思わないでください。
半年を過ぎたあたりから、生活のかたちが変わりました。片方が子どもを見ている間に、もう片方が自分のしたいことをする。 この回し方が成立するようになったのです。子どもが起きている時間も含めて回せるので、お昼を挟んで 1 日 3 時間くらいは自分の時間が取れました。
その 3 時間で何をしていたかというと、こんな感じです。
- 自己分析。これからどう生きていくかを、まとまった時間をかけて考えました
- 妻はコーチングを習っていました。世の中でリスキリングと言われていた時期でもありました
- 私はプログラミングの勉強を少し。Progate(ブラウザ上で手を動かしながら学べる学習サービス)で Web 系を触ったり、Unity(ゲームを作るためのソフト)でチュートリアルどおりの簡単な Android ゲームを作ったり
- 夫婦共通の趣味のスポーツと、そのための筋トレ
- お金のライフプランのシミュレーション
ここで一つ、意外に思われるかもしれないことを書いておきます。大変さで言えば、育休中の方が働いているときより上でした。 特に二人目のときは、上の子を保育園に預けられる時間が、仕事に行っていたときより短くなるのです。
それでも、自分で使える時間は働いているときより多かった。 0 歳児は昼寝が長いからです。外出が自由にできるわけではまったくありませんが、家の中で使える時間は確実にありました。
| 働いているときと比べて | 働いているとき | 育休中 |
|---|---|---|
| 大変さ | まだ楽 | こちらの方が上 |
| 子どもを預かってもらえる時間 | 長い | 短い(二人目のとき) |
| 自分で使える時間 | ほとんどない | 確実にあった |
| 考える時間 | 仕事に埋まる | 日常的にあった |
復帰してから、払ったもの
ここが、この記事で一番書いておきたい部分です。
しんどかったのは育休そのものより、復帰したあとでした。
子どもは体調を崩します。それも、おそらく会社が想像していたよりずっと頻繁に。そのたびに早退したり休んだりします。加えて、私は残業をしません。当然、職場での立場は良くなくなりました。
早退や休みが重なる人には、任せられる仕事が自然と限られていきます。そのことを、はっきり言葉で伝えられたこともありました。
抜けるかもしれない人に、任せられる仕事は減っていく。
評価も、色眼鏡で見られるようになったと感じます。現実的に、今の職場でのキャリア形成は正直きびしいと思っています。これは僻みでも被害妄想でもなく、ただの現在地です。
育休の話をするときに、ここを飛ばして「取ってよかった」だけを書くのはフェアではないと思うので、正直に書きました。代償はあります。
それでも、何が残ったか
では割に合わなかったのかというと、まったくそんなことはありません。
もし育休を取っていなかったら、今こうして個人開発をしたり、こんな記事を書いたりはしていないと思います。始まってすらいなかったはずです。
決定的だったものは、3 つあります。
まとまった時間。 1 日 3 時間が半年以上あるというのは、働きながらでは絶対に手に入りません。
精神的な余裕。 退職したいと思うくらいギリギリだった状態から、いったん離れられました。何かを新しく始めるには、まず回復する時間が要ります。
考えられる時間。 これが一番大きかったかもしれません。子どもと一緒にいると、手を動かす作業はできません。でも、考えることはできるのです。副業をやってみようか、何か新しいことを始められないか、将来どうしていこうか。そういうことを考える時間が、日常的にありました。
育休中に触った Progate や Unity が、そのまま今の開発につながっているわけではありません。あそこから一本の線で今まで来た、という話ではないのです。それでも、あのときの知識は今も役に立っています。
これから取ろうとしている人へ
正直なところ、一概には言えません。 夫婦の関係の作り方も、祖父母などの協力が得られるかどうかも、人によってまったく違うからです。私の場合がそのまま誰かに当てはまるとは思いません。
そのうえで、一つだけ「やってよかった」と言える具体的なことがあります。言い出すのを、子どもができてからにしなかったことです。私は結婚したころから、機会があるたびに上司へ伝えていました。おかげで、いざ申し出るときには初耳の話になっていませんでした。前例のない職場ほど、これは効くと思います。
そして評価やキャリアについては、はっきり言えることがあります。
その会社での印象は、たしかに変えるのが難しくなるかもしれません。 私自身がそうです。
でも、転職でも独立でも、何でもしたらいいのです。 会社での立場は、取り返しがつかないものではありません。
一方で、夫婦や家族の関係、そして子どもが小さいときの時間は、取り返せなくなります。
ありていな結論だとは自分でも思います。それでも書いておきます。個人的には、天秤にかけるまでもなく、取った方がいいくらい価値のあることでした。